ギークハウスとストラディバリウス(再掲:2011年夏頃)
ギークハウス京都は古い町屋である。
室内は改装済みなのでとっても綺麗なのだが、僕の個室である2F、ガスコンロの真上の2畳半ほどの部屋。
両手も広げられない幅の、西側の壁。
(この部屋で昼寝をして目醒めると、西日のせいで必ず脱水症状を起こすのだ)
その一面に作り付けられた窓から見える、一面のトタンとガタガタの瓦の上に、乱暴に溶接された物干し台が乗っかっているその景色は、ストリートビューで見たヨーロッパの古都と比べても、ちょっと遜色ないほど、古い。
そして湿気対策だろう、隙間の多い作りになっており(冬場はそこから湿った冷気が流れ込み続ける)有職者の方々の週末をぶち壊したこの台風によって、今も、重い窓が引くほど大きなガタガタ音を立てている。
そして、内外共に音が非常によく通る。
(さっきも明らかに何かが吹っ飛んだ音が聴こえてきた)
だがよく耳を澄ますと、家鳴りのような軋み音がほぼまったく聴こえないことに気付いた。
古い建造物であるため、骨組みに使われた木材の継ぎ目が完全に馴染んでいて、軋み音を立てる余地がまったくないのだ。
逆に、窓などの固定されていないパーツは、今日のような大風が吹くとことさら激しく揺れるし、そこで生じた音も軋みによって吸収されないため、よく通る。
同じことがバイオリンにも言える。
バイオリンは、本体の出来不出来を無視すれば、基本的に古ければ古いほど音が良いとされており、価格も上がる。
ストラディバリウスがあれほど高価なのは、300年ほど前、今のバイオリンの形が成立した頃に作られた、世界で最も古く、最も軋みの少ないバイオリンだからだ。
また、300年という時間に耐える堅牢さも、ポテンシャルの高さを裏付けている(2年に一度、スチームで膠を溶かし、メンテをするそうだ)。
現在、ギークハウス京都と同じブロックにある町屋の一軒が取り壊し中だ。
作業は終盤に差し掛かっていて、地面の上に骨組みだけが残された状態となっている。
だが雨に濡れ、黒く湿ったその構造物は、マーティン・バースの椅子のように堅牢そうに見えた。