製作日記

何かしらを製作していく記録

中島らもと喋った話

中島らもと喋った話を書く。

 

18歳ぐらいの頃、生きている理由がなかったので、ライブのチケットを買って、そのライブに行くまでとりあえず生きる、ということをしていた。

それで、大阪心斎橋のサンホールだっけな、なにせ地下の店、そこで、当時片っ端から読んでいた中島らも町田康が一緒にライブをするというので観に行った。

作家二人のジョイントライブだったからか、今思うと変な観客席だった。フロアの後ろ半分は椅子が出ていて、前半分は立ち見、でもそこで観客は全員体育座りをしていた。

中島らもは、60代にも10代後半にも見える、細い服を着たホームレスっぽい人で、優しそうだけどガラが悪そうだった。大所帯のバンドで、豚はキレイ好きだから嫌いだ、みたいな歌を歌っていた。

体育座りの客のテンションと、中島らもの存在感のギャップが変な感じだった。所在のなかった僕は、体育座り勢のすぐ後ろ、椅子席の真ん中に通っている通路の部分で、ビールを飲みながらゆらゆらしていた。

ゆらゆらしていたら、常連客っぽい、金髪長髪のお姉さんが近づいてきて、ほっぺたをつままれた。

「いや、なんか気持ちよさそうに踊ってるなー、と思って」

おお。

町田康中島らもの本がすごい好きでー、と言ったら、お姉さんは、うちは断然INUの、町蔵のイメージやわー、と言った。

「それにしても、この客辛気臭いなー、全員体育座りで」

「そーっすよねー、辛気臭いっすよねー」

バカで童貞の僕は、慣れない女性との会話に完全に舞い上がってしまい

「ちょっと前で見てきます!」

と言って、体育座りの客をかき分けかき分けして、中島らもの真ん前に立った。子供の頃からの悪い癖で、テンションが上がると、周りと真反対の行動を取ってしまう。

しばらくかぶりつきで見ていると、曲が終わった。

一呼吸置いてから

「君はぁ、・・・何や?」

中島らもがマイク越しに喋りかけてきた。

「えっ、あの、お近づきになりたくて・・・」

ろくな応答なんかできるはずがない。

 

「お近づきになるのは後でしたらええけどな、そこで立っとったら後ろの人が見えんやろ」

「はい・・・」

 

僕はシュン、として、体育座りの客の間に尻をねじ込んだ。

でも、僕の軽はずみな行動が、会場の空気の微妙なバランスを壊したのかもしれない。次の曲の演奏中に、会場の後ろの方から、聴いたことのないようなものすごい怒声が聴こえて来た。

振り返ると、誰かが客席の椅子を持ち上げて振りかぶっている。

なんだあれは。頭の処理が追いつかない。椅子の男から少しでも距離を取ろうと観客が前に押し寄せてきて、ステージの段差との間に足が挟まれる。痛い。怖い。

すると頭の後ろから、中島らもの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「おぉい!!」

もう一度。

「おぉぉい!!!!」

中島らもは、暴力的な手つきで、左の腰につけていた、革製のホルスターのようなものから何かを取り出し、フロアに向けてかざした。

刃物だ。

メリケンサックの殴る部分にナイフの刃がついた、名前はわからないがとにかくやばい凶器、それが、ライブハウスの照明を受けてギラギラ光っている。なんでそんなもの持ってるんだ。

一瞬女の人の悲鳴が聞こえ、それから会場は静まり返った。

その場にいる全員が、中島らもを注視している。

 

「俺はなぁ、執行猶予中なんじゃあ!!!!」

 

と、中島らもは叫んだ。

中島らもいしいしんじの対談本に、コント劇における笑いについて話すくだりがある。

街中で凶暴な男が、叫びながら何かを振り回している。ギョッとして見ると、男が振り回しているのは大根で、その緊張と弛緩の落差のすさまじさに吐きそうになった、という話を例に出し、コントにおいては、この落差が笑いを生む、と語っている。

中島らもは、パニック寸前の緊急事態において、その技術を実践してみせたのだった。

その場の全員が、極限に達した緊張状態からの逃げ道を求めていた。だから皆笑った。

笑うしかない。僕も笑った。

 

そのあと、会場に充満した極度のフラストレーションは、もう一つのはけ口を得ることになる。

ステージ上に、掃除道具入れほどの大きさの、ツギハギの段ボール箱が台車で運ばれて来た。郵送の送り状がついていて、「なんやねんなこれは」と中島らもがわざとらしく驚きながらサインをしている。「着払いちゃうんけ!」と客席からヤジが飛ぶ。

すると、段ボールからカッターナイフの刃が突き出て来て、内側から箱を切り開いた。

町田康だ。本物の町田康だ。伝説のパンク歌手、『告白』出版前後の、一番色気がやばかった頃の町田康が、二つに割れた段ボールから現れてきた。

 

そこから先の記憶は曖昧で、爆発したように盛り上がる会場の景色を、断片的に覚えているだけだ。

先に会話した金髪のお姉さんは、履いてたヒール投げ捨てて突撃したわー、と笑っていた。

町田康は新聞に、暴動のようになった観客を前に、らも氏は、ギターのネック部分で私を守るようにして立っていた、と書いていた。

 

ライブの一ヶ月後中島らもは亡くなったが、その時のライブの様子は、没後リリースされたCDとDVDに収められている。

 

 

中島らも ROCKIN' FOREVER

中島らも ROCKIN' FOREVER

 

 

 

その辺の問題 (新潮文庫)

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